【考察】攻略情報は見るべきか、見ないべきか

現代においてゲームをプレイする上で、「攻略情報をどこまで見るべきか」という永遠の疑問がある。
この疑問について考察するために、まずはゲームをプレイする上での目的を「ゲームの面白さ(自分が体感する楽しさ)を最大化すること」と仮定する。

まず自分の中で一旦結論としていたのが以下のツイートである。

先日、ふと「このスタンスはあらゆるゲームをやる上でベストなのか?」ということが気になる出来事があった。

それはHD-2D(嘘だよ♥背景は3Dだよ♥)版が受け入れられず、GB版のドラクエ1をプレイした時の事だった。
大体の流れは覚えているので、初見の驚き等も必要無いと思い、魔法習得Lvや敵の呪文耐性、ダンジョンマップ等を調べながらプレイしていた。
これは自分のスタンスからすると「仕様やデータベースを調べる行為」に該当するため、当初は理になかっていると思っていた。
しかしプレイを進めるうちに、ドラクエ1ぐらい原始的なゲームだと敵の耐性情報がほぼ解法に直結する(ラリホーの効く敵にはラリホーを使えばいいし、マホトーンが効く敵にはマホトーンを使えばいい)ため、本当にこのスタンスでいいのか?そもそも「調べてもいい情報」のラインとは具体的に何だ?ということが気になってきた。

そこで、まずはこのスタンスを分析してみることにする。

ゲーム構造の分解

上記ツイートの考えからスタートすると、ゲームの構造は以下の3ステップに分解できると考えられる。

  • ①プリミティブな情報を集める(探索・調査)
  • ②情報を元に解法を組み立てる(ビルド・戦略)
  • ③解法を実践する(操作・判断)

そして、自分のスタンスとしては①の部分は調べてスキップしてもいいが、②③は自分でやりたいということになる。

ゲームによって①②③をどのように提供してくるか、またどの部分を体験のコアとしているかは異なる。
つまり、(ゲームが"上手く"設計されている前提なら)ゲームによって「プレイヤーがどの部分に時間を使ってほしいか」の配分が異なるということだ。
この考えによって、「①をスキップするプレイスタイルに合ったゲーム」は「②や③に比重を置いているゲーム」であることが自然に導き出せる。(ちょうどツイートで触れているゲームのように)

ドラクエ1の例で言うと、「敵の耐性を突き止めて安全に狩れるようになる」「ダンジョンをマッピングして探索する」という体験は当時の時代も考えると「ゲーム側がやってほしい体験」である気がするので、これを一緒くたにスキップしてしまうことに疑問を持ったのは当然だったのかもしれない。

攻略情報を見てもゲームは楽しいのか?

また、ここで一つ疑問が生じる。それは「『攻略情報を全て見ながらゲームをする』という人はゲームをやっていて楽しいのか?」という命題である。
この問いの答えは当然Yes(だから当人はそうしているのだろう)なのだが、ではそれは何故か。
それは「攻略情報を見ること」は実は「スキップ」ではなく「成果の追体験」だからと考えた。
例えば①の部分の情報を見ることは、①のパートを完全に捨てているわけではなく、他人が時間をかけて得た①の「成果」(成功報酬)を受け取っているものと解釈することができる。
つまり

  • ①の「過程」は自分でやらない
  • ①の「成果」だけをなぞっている

という状態となる。
この2つはどちらも楽しいポイントであるため、「攻略情報を見ることでも失われない楽しさ」があるということがわかる。

この件を踏まえると、①②③それぞれに過程と成果という2つの軸を追加した以下のマトリクスが定義できる。

過程 成果
①探索・調査 時間をかけて情報を得る 情報を把握する
②ビルド・戦略 解答を求めて試行錯誤する 実践に進む準備を終える
③操作・判断 プレイングスキルを上達させる 目標を達成する

そしてこのように整理すると、自分にとって「見てもいい攻略情報」とは、「どのマスをどれぐらい自分でやりたいか」を元に判断することができる。

まとめ

これまでの話をまとめると、

  • ①②③×「過程」「結果」のうちどれを楽しみたいかは人による
  • どれを肝として設計しているかもゲームによる
  • 攻略情報を見るかどうかは、自分のプレイ時間をどこに配分するかを調整する行為である

ということになる。

そして結論として、「攻略情報をどこまで見るべきか」という疑問に対する答えは、「まずゲームにおいてその設計がどうなっているかを観察し、自分の好みに合っていないなら合うように適宜攻略情報を見ればよい」であると思う。

余談

それはさておき、自分の中ではもう一つ、「新作をやる時には最初のエンディングまでは一切情報を見たくない」という思いがある。
これを上述の理論に当てはめると、これは『攻略情報を見ることによる、自分の好みへの調整』を一切行わず、ゲーム自身が提供する体験を一度は生で体験したいからであると説明できる。
(なお「最初のエンディング」で区切る理由は、それが妥当な所だと長年の経験で思っているからかもしれない。特にクリア後のやり込み要素となると一気に前提とする情報が増える傾向にあり、流石に全てのコンテンツをブラインド攻略するには現実的に時間が足りないためである。)