前回このような記事を書いたところ、Outer Wildsをやってみてほしいと言われたのでプレイしてみた。
Outer Wildsについては、発売後の話題になっている時に一応買ってはいたものの、カメラのリバース設定ができないという致命的な欠陥を抱えていたため1ループで酔って断念していた。
流石にそろそろ対応しているだろうと思い起動してみたところ、案の定カメラ設定ができるようになっていたためプレイを開始。30時間ぐらいでクリアできた。
今回の記事は、前回の記事で導入したゲームの3要素
①探索・調査
②ビルド・戦略
③判断・操作
の考えをベースに、Outer Wildsというゲームがどのようなゲーム構造・思想で作られていて、どのような体験を提供してくれるのかを考察していく。
この世界のあらゆる記事はこの世界のあらゆる要素のネタバレを含みます。
Outer Wildsの構造
まずOuter Wildsを始めた時に抱くのは、①の探索がメインのゲームであるという感想だろう。
序盤は右も左もわからないまま、慣れない探査艇を操縦して未知の惑星へ降り立つ。そこにあるNomaiの記録を読み、新情報を手に入れるだけで航海日誌が埋まっていく。
この段階では、①を実行して「新しい情報」を得ることそのものが報酬であり、ゲームサイクルは探索のみで完結して回っている。
しかし、中盤に差し掛かり、新しく行ける場所がなくなってきた、あるいは「ここに行けば核心的な情報が得られそうなのに行く手段がわからない」という場所ばかりになってきた辺りで壁にぶつかる。
実は本作の真の面白い部分はここからが始まりである。行き詰まった状態から「既に持っている断片的な情報を組み合わせることで、実は局面を打開できる」ことに気づく瞬間こそが、本作で体験できる最も気持ち良いカタルシスなのだ。
本作の構造を前述の3要素に当てはめてみると、
①探索:断片的な情報(パーツ)を集める
②ビルド:パーツ同士の繋がりを見つけ、解法(仮説)を組み立てる
③操作:その仮説に基づき、物理法則の中で実行(検証)する
という構造であると説明できる。
そしてOuter Wildsとは、①の探索がメインのゲームだと思ったら②③の繰り返し(このゲームにおいては「仮説」と「検証」)がメインのゲーム性へとシフトしていくゲームだった、ということである。
途中で投げてしまう人が多そうなポイントとその理由
このゲームの厄介な点は、ゲーム性のシフトに誘導が一切無い、というところにある。
親切なゲームであれば、「ここまでで情報は集まったから次はこれを解いてみよう」という明示的なフェーズ移行があってもおかしくないが、このゲームの進行はあくまで自由であり、情報は足りてるのか、不足しているのかを自分で判断しなければならない。
もしゲーム序盤の成功体験を元に、このゲームは探索をしていればいいゲームなんだ、と思っていると、新発見が頭打ちになった時にあてもなく宇宙を彷徨い続けることになってしまい、虚無感を感じるだけのループを何度も繰り返すことになる。
しかし、そのユーザー視点では①の探索がメインのゲームだと思っているため、攻略情報を見るのも違う気がする…というジレンマに陥り、苦しいゲームだと感じてしまう人もいるだろう。
シナリオ構成とゲーム構造のリンク
しかし、このようなゲーム構造になっていることこそが、Outer Wildsが提供する体験の純度を高めている。
前述の通り、このゲームで最もカタルシスを感じられる場面は「発見」ではなく「発想」によって道が開ける瞬間である。
これは作中でNomaiが未知の信号を追ってこの星系にやってきた時から続けてきた「研究」の実質的再現であり、プレイヤー自身がNomaiの感情の追体験をしていた、というのがこのゲームの本質だと思う。
そして最終的に、Nomaiが遺した記録と遺物によって遂に宇宙の眼に到達する、という結末ともリンクしているところが素晴らしい。
思ったこと
商業的な「親切さ」より「体験の純度」を優先していると思われる本作は、「次の目標の提示」や「適切なレベルデザインによる誘導」をあえて放棄している。一見不親切だが、それこそが「未知の星系の探索」であり、すべてはプレイヤーが自力の「研究」によって宇宙の眼に到達した時の達成感を100%の純度で届けるための、極めて挑戦的な設計となっている。だからこそクリアした人にとっては非常に印象に残るゲームという立ち位置を確立できたのだと思う。
余談だが、昔PS1に『Prizmaticallization』というゲームがあった。あちらもループ物のノベルゲームで、難解なテキストで読者に挑戦を挑んでくる作りだったと記憶している。ループ物に外れなし、とは思っているが、やはりループ物を作ろうという時点で作り手側の作家性の強さが色濃く出るものなのかもしれない。